
見えない「流れ」を扱うということ
建築設備。自然農。人の設計図を見るBG5。
一見、三つはばらばらに見えますが、
それでも、それらを行き来しながら活動しています。
自分でも、散らかっていると思っていました。
効率を考えれば、一つに絞った方がいいのかもしれませんし、
専門性を一点に集めたほうが、効果的かもしれません。
でも最近、その三つが自分の中で連携し始めました。
そしてそこには、共通点がありました。
どれも、「流れ」を扱っていたのです。
建築に見る流れ
建築設備では、空気や水や熱の流れを見ます。
それは建物の中を巡る、見えない循環です。
人は外観や意匠に目が行きますが、
私が気になるのは、配管やダクトの通り方です。
人で例えると、血液や内臓にあたる部分です。
流れが通っていれば、建物は黙って機能します。
連携が崩れると、どこかに無理が出ます。
その兆しを、図面の段階で探ります。
いま建築の仕事をいただけているのも、
過去のつながりからの流れです。
営業というより、関係が回り続けている感覚に近いです。
必要なタイミングで、仕事がやってきます。
これも循環の一つです。
自然農に見る流れ
自然農も同じです。
肥料や農薬は、外からの圧力です。
一時的に野菜が育つように見えても、
内部の循環が弱まれば、依存は強くなります。
土の中で微生物が回り、
水と光が巡ります。
内部で循環が起きているとき、
野菜や稲は自ら根を伸ばします。
実にならなかった部分は土に還し、
次へとつながっていきます。
極力手を出さず、
滞りを見つけ、流れを保つ。
それが基本姿勢です。
BG5に見る流れ
BG5もまた、流れの話です。
人が苦しくなるとき、
能力が足りないのではなく、
内部の循環が滞っていることが多いです。
自分の中の流れを無視し、
頭で判断し、外の基準に合わせようとする。
外の評価に価値を預け、
“同じであること”へ向かってしまいます。
でも内部で循環が起きると、
人は自分から湧き出てくるものに従い始めます。
均質ではなく、個性が浮き出てきます。
建物、土、人。
対象は違うのに、どこか同じ手触りがあります。
外との連携を保ちながら、
内部の滞りを探る。
気づけば、三つとも同じことをしていました。
入口をつくるという動き
種もみを売ろうと思い、
大中小のメニューを整え、
ネットの棚に並べました。
そうすると、小さな循環が生まれました。
その循環を見て、BG5でもサイトを整備し、
セッションまでの流れを一本にし、
ばらばらだったメニューを並べ直しました。
なぜそれをしているのか、その時ははっきり分かりませんでしたが、
いま振り返ると、流れの入口をつくろうとしていたのかもしれません。
農業には市場があります。
建築には過去のつながりがあります。
BG5には、それがありませんでした。
だから、流れを通したかったのです。
流れ出たもの
そして最近、短編小説を書き上げました。
内側にあるものや、これまでの経験、
BG5で扱ってきた視点を交差させながら、
物語を進めていきました。
後から振り返ると、
建築で見てきた流れと、
BG5で扱ってきた流れが、
どこかで合流していたのだと思います。
無理にひねり出した感覚はなく、
物語の展開を楽しんでいるうちに、
気づけば、形になっていました。
入口をつくる動きと、
内側から溢れる動き。
小説は、手から離れ、流れ出ていきます。
三つが同じ川かどうかは分かりません。
けれど、どこかでひとつの海に繋がっている。
そんな気がしています。
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